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高畑勲監督【平成狸合戦ぽんぽこ】感想!というか感想?

平成狸合戦ぽんぽこを鑑賞する!

高畑勲監督が平成30年4月5日に亡くなった。

同年5月15日には東京・三鷹の森ジブリ美術館で「お別れの会」が開かれた。

 

ぼくは火垂るの墓より、遺作であるかぐや姫の物語より、平成狸合戦ぽんぽこが好きだ。というかジブリ作品で一番好きだ。平成狸合戦ぽんぽこには、空から落下してくる性格のいい少女は登場しない。ハッピーエンドでもないのかもしれない。

 

ぼくが初めて平成狸合戦ぽんぽこを見たのは中学生だった。映画館じゃない金曜ロードショーだ。家族と一緒だった。思春期のぼくは家族の背中越しに、ひとりソファを占領し、何の気なしにテレビを見ていた。

 

 

ぼくは放送を見終えると、トイレに駆け込んだ。泣いてしまっていたのだ。涙を家族に見られなくなったのだ。悲しくて泣いたんじゃない。嬉しくて泣いたんじゃない。ぼくは感動し泣いていた。

 

それでも、その時のぼくには、その涙の理由はわからなかった。

 

 

 

このページの目次!

 

 

平成狸合戦ぽんぽこの説明!

平成狸合戦ぽんぽこは、1994年7月16日に公開された。観客動員数は325万人。配給収入は26.5億円

 

キャッチコピー「タヌキだってがんばってるんだよォ」(糸井重里)

テーマ曲はぽんぽこ愛のテーマ『アジアのこの街で』上々颱風

エンディング『いつでも誰かが』上々颱風

 


上々颱風「いつでも誰かが」~がんばろう日本!みんなの応援歌 ♪~

 

 

 

平成狸合戦ぽんぽこのあらすじ!

 

昭和40年代、多くの狸たちが楽しく暮らしていた多摩丘陵に、多摩ニュータウンの建設が迫っていた。多摩の狸たちは結集し、総会を開いて多摩ニュータウン建設の開発阻止を決議する。総会にて、伝統的変化術である化学(ばけがく)の復興と、四国と佐渡の化け狸に助力を乞うことが決定される。

 

古狸の火の玉おろくから化学を教わった狸たちは建設工事への抵抗を始める。開発業者のトラックを事故に追い込み、地蔵や稲荷神社の狐に化けて住民の信仰心に訴え、古典的なお化けにばけ人間たちを驚かした。

 

狸たちの抵抗運動は、一部の地権者や作業員に工事を思い止まらせ、「ニュータウンの怪」としてマスコミを賑わせるが、多摩ニュータウンの開発を阻止できない。

 

強硬派の権太(タヌキ)と慎重派の正吉(タヌキ)たちが対立しているところに、四国から太三朗禿狸隠神刑部六代目金長を伴って玉三郎(タヌキ)が帰郷する。三長老の指導のもと、狸たちが具現化した百鬼夜行がニュータウンを襲い、作戦のさなか隠神刑部は精根尽きはて落命する。

 

しかし、ニュータウン住民には拍手喝采のイリュージョンにしか映らず、あげくにレジャーランドの宣伝に利用されてしまう。大作戦が大失敗に終わると、狸たちは意気消沈し結束が乱れていく。

 

権太(タヌキ)たち強硬派は姿を表して工事現場に座り込み、導入された警視庁機動隊と戦うが、敗北の末に命を落としてしまう。残った化け狸たちは最後の力を結集し、かつての美しい多摩丘陵の幻を人間たちに見せつける。その後、狸たちはちりぢりになり、化学を使える狸は人間として暮らすようになる。

 

 

平成狸合戦ぽんぽこの感想!

テレビの中では、居場所を失いそうなタヌキ達が、自分たちの居場所を守るために、孤軍奮闘している。一生懸命にどうにかしうようと問題に立ち向かっている。光明が見えかけたが結局はうまくいかなかった・・・。

 

当時、思春期真っ只中のぼくはタヌキたちに共感をしていたんだと思う。なんだか自分の居場所はなく、それでもどうにかしよと頑張ってみたものの、そんなにはうまくいかない。もしかすると、誰にでもありがちな思い出なのかもしれない。

 

ラストのシーンでは人間に化けて、人間社会で働いている正吉(タヌキ)が久々に再開した仲間たちと、再開を喜ぶシーンで終わる。そこで以下のナレーションがかかる。

 

「テレビや何かでいうでしょ?開発が進んでキツネやタヌキが姿を消したって。あれやめてもらえません?そりゃ確かにキツネやタヌキは化けて姿を消せるのもいるけど、でも、ウサギやイタチはどうなんですか?自分で姿を消せます?」

 

物語の大きなテーマとして、環境破壊をとりあげていたのだと思う。身勝手な人間のような。ただ、中学生のぼくは、その部分を一旦脇に置いた。そして、全然思うようにいかないけれど、それでもなんとか頑張って生活をしている正吉の姿に、グッときてしまったのだ。

 

誰かが言っていた。物語を作って人を泣かすことは実はそんなに難しいことじゃない。子供と小動物が家族のために頑張ってれば、どうにかなる。そして結果、地球を救ってしまえばいい。笑わせることは難しいが、得意な人は得意だ。ただ、感動となると難しい。とても難しい。

 

感動

意味:物に深く感じて、心を動かすこと。

 

感動は千差万別だ。そのヒトのこれまでの経験に根付いているのだろうか?難しい話だ。感動のメカニズムとはなんなのだろう?まあいい。そんなことより感想だ。大人になってから平成狸合戦ぽんぽこを見たぼくは、やはり中学生のぼく同様、感動していた。再度、全然思うようにいかないけれど、それでもなんとか頑張って生活をしている正吉の姿に、グッときてしまったのだ。

 

出来ることなら、そんな時代もあったねと、感動したかった。ぼくは未だに中学生の頃と、潜在的には同じ問題に向き合っているだろう・・・。

 

「お別れの会」にて宮崎駿監督が言った。パクさんは95歳まで生きると思い込んでいた。そのパクさんが亡くなってしまった。自分にもあんまり時間がないんだなあと思う。

※パクさんは高畑勲監督のアダ名です。

 

ぼくはこの言葉が印象的だった。実はみんな等しくそうなのかもしれない。少なくともぼくは、自分の人生を前にすすめる必要がありそうだなと、思いましたとさ。

 

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最後まで読んで頂き、

ありがとうございました。