なんだろう?なんかグッときた

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『東京喰種』漫画の原作を読んでから映画を見直してみた!その結果、思ったこと

『東京喰種』漫画の原作を読んでから映画を見直してみた!その結果、思ったこと

 

 

『東京喰種』の原作漫画を読んでから再度、映画『東京喰種』を見てみました。
ちなみに『東京喰種:re』も読んでます。

 

原作を読まずに映画『東京喰種』を見た場合、非常に楽しめました。
では、原作でその後の展開を知ってしまった場合、それはどうなるのでしょう?

 

それ、原作と違うんですけど。とか思ってしまうのでしょうか?
どうなのでしょう?

 

結論から言います。
原作を読んでいようと、原作を読んでいまいと、
映画『東京喰種』面白いのです。

 

 

ただ原作を読んでことによって生まれた個人的な弊害がありました。

※あくまで個人的に当てはまったことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

原作を読んでことによって生まれた個人的な弊害!

ぼくは原作を読んでしまったことによって、原作漫画『東京喰種』と映画『東京喰種』の違いを無理やり探そうとしてしまっていたのです。そして、ぼくは原作漫画を完読したことによって、何故か映画『東京喰種』を上から目線で見ようとしてしまっていたのです。

 

 

どれどれ?どんなもんなんだい?ぐらいな感じで映画『東京喰種』見始めていたのです。 映画の冒頭、喫茶店『あんていく』にて 主人公の金木研と永近英良(ナガチカ ヒデヨシ)が喰種について会話をしています。

 

 

 

ぼくは知っているのです。
喫茶店『あんていく』が20区の喰種の集いの場であることを。
そして喫茶店『あんていく』の店主・芳村が『隻眼の梟』と呼ばれる伝説的な喰種であることも。なんせ原作漫画を読んでいますから。

 

 

なんでしょう?仮に未来を予測でいる人物がいたとしたなら、こんな気持ちなのでしょうか?
ぼくは映画『東京喰種』の今を、楽しめていないのです。

 

 

すべてが流れ作業的に進んでいくのです。ぼくがしているのはただの確認作業なのです。だがしかし、だがしかしなのです。蒼井優さんが演じる神代リゼの登場で、ぼくのその状況は変わります。

 

 

映画『東京喰種』蒼井優さんってやっぱりすごい!

 

蒼井優って、やっぱりすげぇんだな・・・。
蒼井さん、それは日本を代表される女優さんです。

 

原作がどうとか、映画版だからどうとかを越えてくるのです。
蒼井優さんが演じる神代リゼ、すげぇこわいのです。
目が赤いし、口元に血がついているし、
とにかく、すげぇこわいのです。

 

 

本当に喰種がいたなら、こんな感じなんだろうな・・・みたいな感じなのです。蒼井優さん、色々な映画に出られて様々な役を演じられています。それでも、この喰種の蒼井優さんこそが、本当の蒼井優さんに近いんじゃないのか?そんな錯覚をおこしてしまうほどなのです。

 

 

画面上の喰種蒼井優さんが、カネキケンを食べようとしています。
カネキの口の周りについた血を何度も舐め回します。
いやらしくもありつつ、キレイで、それいじょうにこわいのです。


そう、こわいのです。もうそこには、原作と映画の差異を見比べようとか考えていたぼくはいませんでした。そんなことよりも、蒼井優さんがこわいのです。

 

 

そんな矢先です。神代リゼの元に鉄塔が降って来ます。命を落とす神代リゼなのです。 ぼくは思います。ピエロに属した、旧多二福(ふるた にむら)の仕業だなと・・・。

 

旧多二福は映画には出演していません。 旧多二福(ふるた にむら)とは、漫画『東京喰種』での最大の敵なのです。 キジマ班所属しつつも、実は和修家の分家である和修旧多家出身の和修旧多宗太なのです。 カネキと同じくリゼの赫包を移植された半喰種なのです。 そうなのです。知識が映画の今を邪魔をしているのです。

 

 

原作の知識が映画の今を邪魔をしてくる?

 

どうやら原作漫画『東京喰種』を読んだことによって、知識が映画の今を楽しむことを阻害しているようなのです。例えば、喰種である西尾錦が登場します。なんだか原作のイメージ通りなのです。ああ忠実だなと思うのです。忠実であることを楽しんでいるのです。忠実であることを楽しむ。フャン心理なのかもしれません。ぜんぜん悪くはないです。

 

喰種であるウタが登場します。まるで原作から、そのまま出てきたようなイメージなのです。おおっ!そっくりじゃないか!ぼくはウタが原作に似ていることを楽しんでいるのです。それはそれでいいんですけどね。

 


じゃあ、似ていなかったら楽しめないのかと?

 

CCGの捜査官である真戸呉緒(まど くれお)を大泉羊さんが演じられています。原作よりもどこか品がよかったように個人的には思えました。 そこに関して、ぼくは”なるほどな”と思って見ていました。 なんだよ。なるほどなって?そんな具合なのです。

 

 

ぼくは原作を読んだことによって、忠実であること=面白いと思う、そんな感じになっていたのです。

 

仮に原作を読んでいなかったぼくは、原作を読んだ後のぼくと、いっしょに映画『東京喰種』を見たいとは思いません。なんだよアイツ、うるせえな!そんな風に思うでしょう。しかし、原作を読んだ後で映画『東京喰種』を見ているぼくは、良かれと思って原作を読まずに映画『東京喰種』を見ているぼくに、知識を披露する事でしょう。

 

同じぼく同士だというのに、同一人物の過去と未来だというのに、どうやら仲良く出来そうもないのです。もうそうなってくると、人間と喰種が仲良くするなんてことは、とても難しいように思えてきます。

 

分かり合う、それはなんて困難なことなのでしょう・・・。

 

ぼくは漫画原作『東京喰種』のこんな台詞を思い出してみました。

 

「分かり合う」とは”すべてを共有する”という意味ではない、
と俺は思う

 

平子丈(ヒラコ タケ)上等捜査官

 

知ってしまったなら、もう知る前には戻れないのです。ただそれでも、知っているぼくは、知らなかった時のぼくのことを想像してみることはできるのです。

 

ぼくは原作漫画にこんな台詞を思い出してみました。

 

この世界は・・・
歪んでいる・・・
何が正しいか


なにが
間違っているか・・・
簡単にわからなくなる


だから・・・
考え続けるんだ・・・
お前の選択が間違っていないか
その行為だけは正しいと言えるは事の筈だ・・・


亜門鋼太朗(アモン コウタロウ)元特等捜査官

 

そうなのです。どうやらぼくは、原作漫画『東京喰種』を読んだことにより、映画『東京喰種』を見る場合、なかなかめんどくさい人になってしまっていたのです。

 

 

今後も原作(漫画にしろ小説にしろ)を読んだうえで、映画を観ることがあると思います。友人や家族と映画を観る場合は、注意せねばと思いましたとさ。おもしろいって感じるもんだろう?そんな話なのです。

 

 

 

最後まで読んで頂き、
ありがとうございました。

 

 

 

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