なんだろう?なんかグッときた

雑記ブログです。こじらせております。

彼女とlineと既読スルー、そんなこんなでサンキュー!

彼女とlineと既読スルー、そんなこんなでサンキュー!

 

 

line画像

 

 

 

彼女からのlineはいつも返信が遅い。既読にはなるものの、返信はない。いや待てよと思い、送ったlineの内容を確認してみる。ぼくが送ったラインの文字の最後には?クエッションマークがついている。疑問文なのだ。ぼくは質問しているのだ。

 

 

ぼくのクエッションマークは文字化けしているのだろうか?返信がある場合もある。ならば文字化けなどしていないだろう。

 

 

う~ん。既読にはなっている。返信がないのは何故なのだろう?途中で眠ってしまったのだろうか?お風呂にでも入ったのだろうか?いや違う。彼女はきっと質問の答えを一生懸命考えているのだ。それはそれは懸命に考えてくれているのだ。なんと喜ばしいことだろう。

 

  

彼女から返信がないまま二時間が経過した。彼女はまだ答えを考えてくれているのだ。思慮深い人なのだ。例え質者の内容が『ビーフORチキン』的な二択であったとしよう。そうであったとしても、色々考えられているのだ。

 

 

ビーフ。牛はどこ産なのだろうか?そもそも部位はどこを使用するのだろう?生産者は?ビーフ、彼は何て呼ばれていたんだろう?ビリーだ。ビリーに違いない。ビリーは泣き声をあげて牧場内を駆け回る。人間のおじさんおはよう。ぼくは今日も元気です。ぼくはとっても元気です。だけど知っています。ぼくは今日、この場所を旅立だたなきゃいけないってことを!おじさん、何も言わないでください。ぼくはとっても元気です。ぼくからおじさんへの歌のプレゼントがあります。聞いて下さい。「ドナドナ!」

 

 

彼女は考える。いったいどんな料理法を用いるんだろう?彼女は考えているのだ。なんて想像力がたくましいのだろう。ちなみにチキンの場合もである。

 

 

そしてぼくは考える。もしそうだとしたなら、何故彼女はなにも質問をしてこないのだろうか?簡単である。ぼくの時間を煩わせたくないのであろう。いじらしい人である。まったくもう、聴いてくれればいいもの。

 

 

安心してください。ちゃんと付き合っています。

 

 

ぼくはline上にべつのもう一文を作成するも削除する。我々はなぜにこうも、好きな人からのlineが待ち遠しいのだろう。一喜一憂である。それにまあ、既読という機能がなんてもどかしいのだろう。いや、そもそも発端は読みましたよという合図であるから、便利なものなのだ。それが気づけばドラマを生んでしまっている。lineがない時代、いや携帯電話がない時代、果ては電話がない時代はどうだったのだろうか?時間は元には戻らない。すすんでいくしかないのである。

 

 

そう時間はすすんでいるのだ。彼女からlineの返信はまだない。

 

 

ぼくは試されているのだろうか?修行の一貫なのかもしれない。ぼくは静かに目を閉じる。ぼくはぼくと向き合うのだ。

 

ぼくの心の中には何かもやもやしたものが漂っている。ぼくが耳を傾けると何やら声が聞こえる。今、なに待ちですか?

 

ぼくはボールペンでメモ帳に書いてみる。今、なに待ちですか?

 

ぼくはじっとその文字を見つめる。喧嘩の火種でしかない。恐ろしことだ。

今、なに待ちですか?

イマ、ナニマチデスカ?

今、なに街ですか?

 

彼女は自由が丘あたりをショッピング中なのかもしれない。そうだ。よくよく考えたなら、自由ケ丘に本当に自由はあるのだろうか?

あるか・・・。

 

 

既読スルー。世界中の既読スルーが集まり、やがて大きな雲を作ったなら冷たい雨を降らす。地球温暖化は無事解決されるやもしれない。

 

既読スルー。なんだろう?室内の温度は温かいにもかかわらず、心が冷たい、この感じ。よくよく考えたなら、みんな既読スルーをする側であり、される側なのだ。我々はみんな被害者であり、加害者なのだ。それでも既読スルーはなくならない。誰かにした既読スルーが巡り巡って、自分の元へやってきているのだろうか?全ての既読スルーはおかえり既読スルーなのだろうか?意味はサヨナラだというのに・・・。

 

あのいい奴も、あのいい子も、みんな既読スルーの被害者であり、加害者なのかもしれない。人はいったいどこで、そしていつ、既読スルーを覚えてしまうのだろうか?最後バイバイでも、お休みでもいいではないか・・・。永遠に続くトークルーム。いや永遠などない。だが時に人は勘違いをおこす。永遠を錯覚するのだ。永遠などない。日々に感謝しようではないか。身近な家族、友人に感謝を伝えようではないか。lineの最後はそう、サンキュー。でいいではないか。ありがとうございました。では重くなってしまう。サンキュー。それが誰かとの最後の言葉になるやもしれない。それもまた、サンキュー。出会いにサンキューなのである。サンキュー、軽さがいいじゃないですか?

 

 

巡り巡ってやってくる、おかえりサンキュー。いいじゃないか?なんだか楽しげである。おかえりサンキューが、ほんとうは『さよならサンキュー』だったとしても、無言の別れよりはいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

そんなことを考えていると、lineの返信が来ている。
既読スルーしてた。ごめん的な内容である。

 

 

キャッツツホホほほほほほほほほほほ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!lineが返ってきたぜええええええええええええええええええええ!

 

 

サンキューと返して眠ることにしよう。おやすみサンキューである。いや、サンキューサンキューである。

 

 

 

それはそうとlineの返事が返ってくる。それだけでこれまでが救われた気になる。人って、不思議ですよね。そしてまた、そんな思い出って、ありますよね。

 

 

 

最後まで読んで頂き、

ありがとうございました。