なんだろう?なんかグッときた

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【乃木坂46】ドキュメンタリー映画【悲しみの忘れ方】を見て思ったこと!

『乃木坂46』ドキュメンタリー映画『悲しみの忘れ方』を見て思ったこと!

 

まだまだにわかフャンではありますが、ぼくは乃木坂46が好きです。ただ、ドキュメンタリー映画『悲しみの忘れ方』は乃木坂46のファンでなくても、何か心に響くものがあるんじゃないだろうか?そんな気がしてしまうのです。と言うのもですね。

 

ドキュメンタリー映画『悲しみの忘れ方』はメンバーのお母さんのコメントなどがナレーションに登場するのです。(ナレーションをお母さん風に読んでくれているのは女優の西田尚美さん)今まで普通の高校生だったりした、自分の娘がアイドルになっていくのです。今までの日常から我が子が出ていくのです。不安ですよね。

 

 

そしてまた、そのアイドルになっていくまでの過程がなかなか酷なのです。競争社会であり、あなたは何が出来るんですか?他の人よりもどういう部分が秀でいるんですか?そんなことを問われる続ける日々にぼくには見えました。乃木坂46結成時、平均年齢16.3歳です。

 

ええええええええ?????そんな年齢で、社会に出て行って、ましてや厳しいエンターテインメントの世界です。人の心を動かす仕事です。ならば自分の心だって、たくさん動かされるわけですね。酷だよ。酷。タイヘンです。



それでも彼女たちは、その厳しい環境にいることを自らの意思で臨むのです。そしてその場に居続けるためには成長が必要なのです。今の自分じゃだめなのです。足りないのです。そしてその場があり続けるためにも、個人個人の成長が必要だったりするんです。

 

『悲しみの忘れ方』は当時(2015年当時)の人気メンバーを中心に構成されています。今は卒業されているメンバーもいらっしゃったりします。各々、乃木坂46に加入したときの思いや、お母さんとの話などが登場します。物語のスタートは、乃木坂46のオーディションだったりするのです。だからメンバーの成長過程なんかもわかるのです。だって、乃木坂46結成時の平均年齢平均年齢15.8歳ですよ。平均して、だいたい高校一年生なのですよ。

 

 

個人的にはなんだかもう、お父さん目線で見てしまうのです。ぼくは娘いないけど!結婚の予定もないけど!自分の可愛いカワイイ娘があんな過酷な道を自ら選択したならどうしよう?修羅の道です。なんにもできない自分に悔しくて泣いてしまったり、なかなか選抜メンバーに入れなかったり・・・。お父さんはそんな自分の娘をあんまりみたくはないのです。ですが、それでも我が娘は自らその道を選び、頑張りたいと言うのです。ならばお父さんは、娘を応援します。

 

でもきっと、現実的なことを考えた場合、あれなのです。こういう時、娘とお母さんの話し合いがメインになってくるのでしょう。自分の可愛いカワイイ娘もお父さんには、本音を言ってはくれないのでしょう。でもお母さんに言うのです。だからぶつかったりするのです。いや素直になれない娘パターンもありますね。どっちにしろお父さん、蚊帳の外なのです。

 

 

頑張る娘、娘もだんだん社会を知り、信頼できる仲間なんかを得て、家族の知らないところで成長していくのです。お母さんと娘の間で、時には激しい喧嘩なんかあったかもしれません。お母さんはお父さんに八つ当たりするかもしれません。それでも母と娘は最終的には仲良くなって、お母さんをメインとしてコンサートに呼んでもらえるのです。一応、お父さんも呼んでもらえるのです。

 

 

 

 

 

ちなみにお父さん、お母さんと娘が喧嘩をしている間、どっちの肩も持つのです。

お父さんはお母さんには言います。
「あの子は自分のやりたいことが出来たんだ。応援しようじゃないか?」

お母さんはお父さんに言います。
「あなたは黙ってて!」

 

 

お父さんは娘に言います。
「お母さんだって、心配して言っているんだよ」

娘はお父さんに言います。
「関係ないでしょ!部屋に入って来ないで!」

 

 

キツイ・・・。それでも仲良くなった母と娘はお父さんに書置きだけ残して、海外旅行なんかに行っちゃうのです。お父さんは家でペットのトンプードルあたりとお留守番をするのです。カナシイ・・・。でもお土産を笑顔で受け取るのです。それでもね。お父さんはお母さんが好きだし、娘は可愛いカワイイのです。

 

ぼくは画面上の乃木坂46のメンバーの姿に各々の母のナレーションがかかる度に、そんなことを考えていたら、画面には出てこなくても、色々な方の思いがのっかって。人は成長していくだな~なんて思ったら、涙が出てきました。

 

乃木坂46のキャプテンをつとめる桜井さんが言っていました。
乃木坂の子はネガティブで、寂しがり屋で、自分に自信がない子が多い、だけどそんな自分のマイナスを変えていこうとしている子たちばかりだ、的なニュアンスのことを言われていました。おそらく自分自身の事を含めてだと思います。

 

乃木坂46の良さというのは、みんな基本キレイなのですが、それ以上にメンバーの方々が作っている空気感なんじゃないだろうか?そんな気がするのです。無理せずともいい場所、自分を偽らなくともいい場所。無理に誰かと仲いいふりをしなくていい場所。

 

あっ!そんなに二人は仲良くないけど、別に仲が悪いってことじゃないんだろうな~?まあ、ぜんぜんそれでいいんじゃないですか?ということが許されるといいましょうか。もちろん結果を出すためには努力を求められます。そうであっても、居場所に心地よさがあるんじゃないだろうか?そんな気がするのです。乃木坂46を嫌いになったから卒業するんじゃなくて、あくまで乃木坂46は通過点であることを認識しているような、ひとつの青春であることを認識しているような、イヤ違うな。なんだろう?もっと的確な言い方はないだろうか?

 

仮にお父さんが14歳ぐらいの美少女だっとしましょう。ならばお父さん、乃木坂46のオーディションを受けてみたいのです。そんな感じでしょうな。もちろん、お母さんと娘は「やめて!キモい」と言うでしょう。「そんな話、外で絶対しないで!」と怒るでしょう。

 

 

ぼくは別に14歳の美少女でもなければ、お父さんでもなく、奥さんも娘もいないわけであり、話を飛躍させすぎたふしもあります。それでも『乃木坂46』のドキュメンタリー映画『悲しみの忘れ方』を見て思ったことは、ぼくの現実的な今を、今までよりもう少しだけ頑張ることって可能なんじゃないのかな?じゃあ、ちょっとだけ頑張ってみよう。そんな風に思えたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後まで読んで頂き、
ありがとうございました。